臨時 vol 3 「医療崩壊」を防ぐために必要な二つの後方支援
2009年1月9日発行
平岡 諦
大阪府立成人病センター
血液・化学療法科
「医療崩壊」防ぐ道
現在の勤務医、それは、ひとり前線に晒されし兵士。
押し寄せる患者の波、不眠不休の応戦。
朦朧の頭、かすめるは医療ミスの恐怖、はたまた過労死か。
時には患者・家族・遺族から、さらには検察からの銃弾も。
ああ、何のための戦いか。
気付けば後方支援無く、一人また一人、前線を去っていく。
あるべき支援はいずこから?
職場環境は病院管理者から、医療内容は所属学会から。
早く、早く支援の枠組みを。
何とか持ちこたえているうちに。
医療崩壊を起こしつつある分野で働く勤務医の心情を詩(らしきもの)にした。彼らが持ちこたえるにはそれなりの後方支援が必要である。必要性の詳細については別の二稿(MRIC臨時 vol.146「医療崩壊」と職業倫理;医者にとってのインフォームド・コンセント、及びMRIC臨時 vol.185 & 186(その2)「医は仁術」、「応招義務」そして過労死)で述べたが、以下に要点を示す。
(後方支援;その1):職場環境は病院管理者から。
結論から述べると、現在の「医療崩壊」の解決には、次の二点の法律改定が必要である。第1に、いわゆる「応召義務」規定を「医師法」から「医療法」に移し、「応召義務」の責任を勤務医個人から病院管理者(and/or開設者)に負わせること、第2に、「医療法」第3章;医療の安全の確保の項に、「勤務医の過重労働が医療の安全に対するリスクファクターである事(過重労働に対する安全配慮義務)」を追加すること、この二点である。
次に理由を述べる。
「医療崩壊」と呼ばれる現在の医療危機は、勤務医が病院を去っていくことで起こる。何故病院を去るのか、過重労働による医療ミス・過労死の危機を感じるからである。過重労働の根源はいわゆる「応召義務」規定である。押し寄せる患者(特に救急患者)に“不眠不休”の状態で、診察を強いられるからである。
「医は仁術」の精神で何とか持ちこたえているのが現状である。
過重労働による医療ミス・過労死の危機感、これを病院管理者は救ってくれない。医療ミスを起こせば個人が責められる。遺族が過労死と訴えても「労働基準法」で認められるかどうかも危うい。何故病院管理者が救ってくれないのか。救う必要が法(特に「医療法」)に定められていないからである。
「医師法」は医師の資格基準を、「医療法」は病院基準を規定した法律で、ともに昭和23年7月30日に成立した。いわゆる「応招義務」は、医師法第4章 業務;第19条に述べられ、制定当時のまま現在に至っている。内容は「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」である。罰則規定が無いとはいえ、現実には強制力として働く。
昭和23年の医師法制定時のストーリーは次のように考えられる。まず医師に医業を独占させる規定を設けた。独占企業に課せられる義務の一つとしての「応招義務」の規定を必要とした。当時の医療状況で、この規定の対象の大部分が個々の開業医である。そこで「医師法」の中に規定した。こう考えると、「応召義務」規定が「医師法」に含まれる理由に納得できる。
現在の救急医療は殆どが病院、特に公立の病院で行われる。「応招義務」規定を「医師法」より「医療法」に移して、病院として対応すべきである。停電に対する電力会社、断水に対する水道会社の対応は、従業員個人の責任でなく会社としてその責任を果たしている。時代の変化に追いついていない法律、その結果が、勤務医の過重労働、病院管理者の無責任となっている。しわ寄せに耐えられなくなった勤務医が立ち去っていく、これが「医療崩壊」の構造である。
平成18年「医療法」の改訂が行われ第3章「医療の安全の確保」が追加された。これにより「病院管理者は、従業者に対する研修の実施その他の、医療の安全を確保するための措置」を講じなければならなくなった。しかしここには、勤務医(他の従業員を含めて)の過重労働が医療の安全に対するリスクファクターである事の記載が無い(当然、勤務医の過労死・過労自殺も医療の安全に含まれる)。これを追加することで、勤務医が病院管理者により守られることになる。病院管理者に守られている意識が出るようになり、働きがいのある職場となる。そして、立ち去りが解消されるのである。
勤務医が病院管理者に守られていない事実は、平成20年10月22日の東京高裁判決がよく物語っている。中原利郎小児科医の自殺については平成19年3月14日の行政訴訟判決で労災が認定され、確定されている。遺族は、この過労自殺に対する病院側の「安全配慮義務」などを理由に損害賠償を求めて民事訴訟を起こしていた。労災が確定されているにもかかわらず、東京高裁は、病院側の「安全配慮義務違反」には当たらないとする見解を示した。上述のように「医療法」に病院側の「安全配慮義務」規定が欠落している。このため東京高裁はこの様な見解を取ったのであろう。何としても「医療法」改訂が必要である。
(後方支援;その2):医療内容は所属学会から。
結論から述べると、勤務医の後方支援として、所属学会の自浄制度(自立的処分制度)および自助制度(専門医・施設認定制度)の確立が必要である。
次に理由を述べる。
医療内容に納得がいかない患者・家族・遺族からのクレームや訴訟が増えている。時には検察から起訴されることもある。医療内容に妥当性があると考えれば訴訟を受けて立つことになるが、そのストレスは大きい。この精神的ショックを機に病院を立ち去ることも多い。これが「医療崩壊」のもう一つの構造である。
裁判にならないためには何が必要か。「医療内容に納得がいかない患者側」対「医療内容に妥当性があると考える主治医」、必要なのは医療内容を判断出来る専門医の見解、特に専門医集団の統一見解である。患者側、主治医側双方からの申し入れに対する受け皿である。受け皿を作り、見解(統一見解)を出せるのは、日本の現状からはそれぞれの学会であろう。
医療内容が不当と判断すれば学会として主治医に処分を科す事になるだろう。例えばその専門分野の診療が出来なくなるような公示が考えられる。したがってこの様な制度は「自立的処分制度」とも呼ぶことが出来る。学会が医療内容を不当と判断するような主治医を学会会員にしてきたことは学会自体の信用問題となる。従って、学会としては医療内容の底上げを行うような専門医・施設認定制度(自助制度)が不可欠である。「自浄制度」と「自助制度」は車の両輪の如く、専門医を擁する学会には必須の制度である。
一方、医療内容が妥当と判断しても、患者側が納得せずに起訴することもある。その時は、専門医の見解(統一見解)が意見書あるいは鑑定書として法廷に提出され、主治医に有利に働く。特に2008年4月25日の最高裁の判決が後押しをすると思われるからである。この判決を突き詰めれば、「診断は臨床医学の本分だから、例外的な特段の事情のない限りは、医学鑑定を十分に尊重すべきだ」と表明したと考えられるからである(井上清成;「裁判での医学鑑定の尊重」MMJ June 2008, 524-525)。したがって、この様な制度は主治医を支援する制度である。福島大野病院事件で主治医が無罪になったのには、関連学会の統一見解が大きく役立ったと思われる。
「現場からの医療改革推進協議会第3回シンポジウム」(2008.11.8/9)最後のセッションは「医師自律」であった。自律とは何からの自律か、司法判断からの自律である。上述の「自浄」・「自助」制度がうまく機能すると患者側からの起訴、すなわち司法判断に委ねられることが少なくなる、あるいは無くなる。その結果がすなわち専門家集団の「自律」である。
以上、「医療崩壊」防ぐ道として、勤務医を後方支援する方策について述べた。第1に「医療法」の改定、第2に学会の自浄・自助制度の構築が喫緊の課題である。
連絡先;hiraoka-ak「あっと」mc.pref.osaka.jp
「あっと」を @ にしてください